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住職の虫めがねバックナンバー

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内       容 《バックナンバー》
 
No.30【平成28年 6月20日】

平成21年に、心臓の4本のバイパス手術をしてから、朝・昼・晩と薬を欠かしたことがありません。 血を固まりにくくして血栓ができるのを抑える薬で、その薬による副作用がないよう胃の粘膜を保護し修復する薬など、数種類服用しております。 ところで、その薬が私の手元に製品となって届くためには、どれほどの動物が犠牲になってくれているか? とも考えます。
また、人間が楽しく便利に生活するためにどれほどの自然を破壊してきたか考えると、空恐ろしい事であります。
自分中心に、人間見中心に、欲を満たすことばかりに目を向けていては、「おかげさま」の世界は見えてこないのです。そこには、「感謝や喜び」の世界もありません。

 
 No.29【平成28年 6月14日】

12日の日曜日、「第5回敬念寺早朝公開講座」を開催し、『「おかげさま」という「感謝の気持ち」の根拠を物理学的に明らかにする』と題した、興味深いお話をお聞きしました。 (*講師 静岡工科大学教授 志村史夫 先生) 科学と宗教との融合までお話は発展し、“すべての生き物は「生きている」のではなく、自然の摂理と、相互依存して「生かされている」。自分一人だけの幸せはあり得ない、何事にも「感謝」「おかげさま」の心で。”と結ばれた。 当山壁紙の法語にある、「念仏の道はおかげさまと生かされる道であり ありがとうと生きぬく道である」に通ずる尊いお話でありました。

 
No.28【平成28年 6月 8日】

平成28年も半年を過ぎようとしております。このHPも立ち上げて半年となります。
多くの方々にアクセスしていただいて、張り合い良くこのコーナーを続けせていただいております。

人間が考える人の運、不運も、「人それぞれの価値観」や心の持ちようで大きく変わります。
自分から見てどんなに相手が幸せそうに見え、うらやましく思っても、私の現実は変わりません。
しかしそんな私の心に仏様の価値観、真実、まことの「仏様の心」が入った時、今、「この身、このままで、生きる」のが楽になるのです。
人間の体は何千億の細胞で出来上がっているそうですが、その細胞に優劣があるでしょうか。
頭の細胞は良くて足の裏の細胞は劣っているということはないでしょう。
それぞれが大切な働きをしており、その全体が身体を構成しているのです。同じようなことが一人の人間に張り巡らされている、地球を一回りするような長さの血管にも言えます。
「仏様の価値観」は世間の常識のような優劣や、役に立つ、役に立たないと差別する「いのち」は一つもないのです。



No.27【平成28年 6月 3日】

仏さまの教えは「真如(しんにょ)」と言い、本物であります。
この世の法則から外れ、人間の、あなたの望みだけを聞き入れるわけにはいきません。
この世は人知を超えて、その時その時の複雑にからみ合った縁(因縁)によって様々なことが起こるのです。
たとえ、その人が道徳的にも、なにも悪い事をしていなくても災害・事故・事件に遇うこともあるのです。
東日本大震災や熊本地震のような自然災害も、人知を超えて起きてしまうのです
人間の気持ちとして、できれば私や私に関係する身内には災いを避けたいと思い願っても、悲しい事にもつらい事にもあっていかねばならないのが人生なのです。
そういう世の中にあって私は(私たち)は、今まで何事もなく、いや大したこともなくたまたま「生かされて生きてきた、生きてこられた」のではないでしょうか。
拙寺の封筒の法語に、「生かされていることに気付く そのことに気付かぬ自分に気付く」と表記させていただいております。 


 No.26【平成28年 5月25日】

「敬念寺だより」 第118号が発行されました。

昭和54年創刊以来、お寺の歴史(動き)を綴ってまいりました。
最初はB5でモノ黒、現在はA4で一部カラー印刷となっています。
このホームページ共々可愛がっていただければと思います。
さて、前回の続きとなりますが、お釈迦様はもう3千年もの昔、この世の真実の法を説かれました。
「その根本には人間が生きるためには、自分の欲のまま、思い通りにならないことが真理である」と。
すなわち今様に言えば、自己中心の考え方におちいると、自分の身に何かつらいことが起きると、人のせい、社会(政治)のせい、にしてしまうのです。そして、自分の都合に合わせて願い事をかなえてもらおうと、神や仏まで自分勝手に利用して、しまいには自分の思いどおりにならないと、「神も仏もあるものか」と悪口をたたく始末です。



No.25【平成28年 5月21日】

難(かた)いお話が続きますが仏教の高僧と言われる方々は、誰ひとり「自分に力がある」などとは言っておりません。
「人間に真実はない。仏様だけが真実である。」と、謙虚に仏様の教えを説かれています。
だからこそ本物だとあがめられ、尊ばれているのです。
浄土真宗をお開き下さった親鸞聖人さまは、ご自身のことを「煩悩具足の凡夫」と、おっしゃっておられます。
 
  *「
煩悩」・・・心身を煩わし、悩ます心の働き

  *「煩悩具足の凡夫」・・・煩悩が十分に備わっている愚かな人間

 
No.24【平成28年 5月15日】

「環境は人を造る」と申します。
悩みや問題が生じた時、まわりに良い友人や相談相手がいることが大切です。そして、同じ目線で一緒に話を聞いてくれ、ものの身になってくれるよき理解者いることです。
仏教の宗祖、高僧の方々は私どもと違って、きわめてつつましく一歩下がっての生活態度です。
「内心うぬぼれながらも、人前では謙虚なふりをする。」そのようなまやかしの謙虚さではありません。
自分を厳しく見つめた本物の謙虚さです。偉ぶることもなく、特別な能力を見せびらかすことも皆無です。



 
No.23【平成28年 5月10日】

目利きの骨董屋(鑑定士)に育てるには、贋作でなくあくまでも本物を見せ続けることだと言います。
自分の心を問題としないで、何かに願い事をすれば都合よく自分の悩みや問題が解消したり、軽くなるというのは明らかに真理に反するおかしな教えです。
「教祖?が、霊感・超能力を持っていて病気を治すことができる、未来を予言できる。自分は悟りを得てお釈迦様や神?と交信できる。」などと聞くと、少し怪しい話だと思いませんか。
でも、その筋から言うと、相談に来る、その時点で成功率50%だそうです。なぜならば悩みや問題をだれにも相談出来ずに、ワラをもつかむ思いでやって来るからだそうです。


No.22【平成28年 5月 8日】

昔覚えた歌を、替え歌にしてみました。
「春は眠くて読書(聴聞)を妨げ
夏は暑さで読書(聴聞)を妨げ
秋は蚊やりの類出でて読書(聴聞)を妨げ
冬は寒風身に迫りて思うに任せず
ああいつの日か読書(聴聞)せんや。」

  ※聴聞―真実(仏教・仏法)の教え、法話を心に聞くこと
 
仏法聴聞の好季節です。
今回よりしばらくの間、数回にわたって 「出会ってほしい本物の教え」、と題してお話ししてみたいと思います。


 
No.21【平成28年 5月 1日】

レクリエーションリクリエーションは一般的には余暇娯楽、気晴らしなどと訳しますが後半の「クリエーションは価値の創造とか創作の意味で再構築の意味を持つと思います。
かつては月曜日から土曜日まで勤勉に働き、日曜日は心身を休め月曜日に備えたものです。
現在は官公庁など土・日休みで、その様子は一変しています。休日を利用して、家族での国内旅行をはじめ、海外旅行など楽しい家族の絆を深める絶好の機会でもあります。
しかし、月曜病という言葉もあるように、休み明けに仕事が手につかないようでは、レクリエーション本来の意味から外れてしまいます。
例えば日曜日の使い方も半分は休養で、半分はあすからの勤めに備える心構えが必要ではないでしょうか。
さて、あなたのゴールデンウイークは「ゴールデン」だったでしょうか?
度とない人生を大切にいたしましょう。